暗号資産の管理において、秘密鍵の紛失や盗難は最も深刻なリスクの一つです。個人であれ組織であれ、単一の秘密鍵に資産の管理を依存する仕組みには、大きな脆弱性が伴います。
この課題を解決するために広く採用されているのが「マルチシグ(マルチシグネチャ)ウォレット」です。複数の承認者がトランザクションを承認しなければ資産を動かせない仕組みで、組織の資産管理やDAOのトレジャリー運用において事実上の標準となっています。
その中でも圧倒的なシェアを持つのが「Safe(旧Gnosis Safe)」です。本記事では、Safeの仕組み、主な機能、利用事例、そしてスマートアカウントとしての将来展望まで詳しく解説します。
Safeとは — プロジェクトの概要と歴史
Safeは、元々Gnosis(ノーシス)プロジェクトの一部として開発されたマルチシグウォレットです。GnosisはEthereum上の予測市場プロトコルとして2015年に設立されましたが、その過程で開発されたマルチシグウォレットが、予測市場以上に広く採用されるようになりました。
2022年に「Gnosis Safe」は独立したプロジェクトとなり、「Safe」にリブランドされました。Safe Ecosystem Foundationが設立され、独自のガバナンストークン「SAFE」も発行されています。
2025年時点で、Safeが管理する資産総額は1,000億ドルを超えており、Ethereum、Polygon、Arbitrum、Optimism、BNB Chain、Avalanche、Baseなど10以上のチェーンで利用可能です。DAOのトレジャリー管理、プロジェクトチームの資金管理、機関投資家のカストディなど、幅広い用途で使われています。
マルチシグの仕組み — なぜ安全なのか
Safeの中核機能であるマルチシグネチャ(多重署名)の仕組みについて解説します。マルチシグは「M-of-N」という構造で表現され、N人の署名者のうちM人以上が承認しないとトランザクションが実行されない仕組みです。
例えば「3-of-5」のマルチシグウォレットの場合、5人の署名者が登録されており、資金を移動するには5人中3人以上の承認が必要です。これにより、1人の秘密鍵が盗まれても、あるいは1人が鍵を紛失しても、資産は安全に保護されます。
Safeはこのマルチシグをスマートコントラクトで実装しています。通常のウォレット(EOA:Externally Owned Account)は単一の秘密鍵で管理されますが、Safeはコントラクトアカウントとして動作するため、より柔軟で高度なアクセスコントロールが可能です。
トランザクションのフローは次のようになります。まず、署名者の一人がトランザクションを提案します。次に、他の署名者がSafeのインターフェース上で内容を確認し、承認の署名を行います。閾値(例:3-of-5の場合は3人)に達すると、トランザクションが実行可能になります。最後に、いずれかの署名者がトランザクションをオンチェーンに送信して実行します。
Safeの主要機能とエコシステム
Safeは単なるマルチシグウォレットにとどまらず、豊富な機能とエコシステムを持つプラットフォームへと進化しています。主要な機能をいくつか紹介します。
「Safe Apps」は、Safe内から直接DeFiプロトコルやdAppにアクセスできるアプリストアのような機能です。Aave、Uniswap、Lido、1inchなどの主要プロトコルがSafe Appsとして統合されており、マルチシグの承認フローを維持したままDeFi操作が可能です。
「トランザクションバッチング」は、複数のトランザクションをまとめて一度の承認で実行できる機能です。例えば、10人への給与支払いを個別に承認する代わりに、バッチにまとめて一度の承認プロセスで実行できます。これによりガス代の節約と運用効率の向上が図れます。
「Safe Modules」は、Safeの機能を拡張するプラグイン的な仕組みです。定期的な支払いの自動実行、特定条件でのトランザクション自動承認、ソーシャルリカバリーなど、さまざまなモジュールが開発されています。この拡張性がSafeを単なるウォレット以上の存在にしています。
さらに、「Safe Guard」という機能により、特定の条件を満たさないトランザクションをブロックすることも可能です。例えば「特定のアドレスへの送金は禁止」「一定額以上の送金には追加の承認者が必要」といったルールを設定できます。
スマートアカウントとアカウント抽象化(ERC-4337)
Safeは、Ethereumのアカウント抽象化(Account Abstraction、AA)の文脈でも重要な役割を果たしています。アカウント抽象化とは、従来のEOA(秘密鍵で管理するアカウント)の制限を超えて、スマートコントラクトベースのアカウントに柔軟な機能を持たせる概念です。
ERC-4337は、プロトコルレベルの変更なしにアカウント抽象化を実現するための標準規格です。Safeはこの規格に対応した「Safe{Core}」というスマートアカウントプロトコルを開発しています。これにより、ガス代の代理支払い(Paymaster)、ソーシャルログイン、パスキー認証など、Web2に近いUXを実現できます。
Safeはすでにスマートアカウントの分野で最大のデプロイ数を誇っており、アカウント抽象化のインフラとしてのポジションを確立しつつあります。将来的には、すべてのウォレットがスマートアカウントベースになると予想されており、Safeはその基盤技術を提供するプロジェクトとして注目されています。
まとめ
Safeは、マルチシグウォレットとしてのデファクトスタンダードの地位を確立したプロジェクトです。1,000億ドル以上の資産を管理する実績は、その信頼性とセキュリティの高さを証明しています。
マルチシグによる安全な資産管理に加え、Safe Apps、Modules、Guardsといった拡張機能により、単なるウォレットを超えたプラットフォームへと進化しています。さらに、アカウント抽象化(ERC-4337)への対応により、次世代のウォレットインフラとしての役割も担おうとしています。
個人の資産管理であれ、DAOのトレジャリー運用であれ、セキュリティを最優先に考えるのであればSafeは最有力の選択肢です。暗号資産を扱う方は、マルチシグの導入を一度検討してみることをおすすめします。