ブロックチェーン上でトランザクションを実行する際、ユーザーは通常、実行したい操作の具体的な手順をすべて指定する必要があります。「どのコントラクトを呼び出すか」「どの関数を実行するか」「ガス代をいくらに設定するか」——こうした技術的な詳細を自分で決めなければなりません。
しかし、ユーザーが本当に求めているのは「ETHをUSDCに交換したい」「最も安い手数料でNFTを購入したい」といった「結果」であり、そこに至る技術的な手順ではありません。
この発想から生まれたのが「インテント(Intent)ベースのトランザクション」という新しいパラダイムです。ユーザーは「何を達成したいか」(意図=インテント)だけを表明し、最適な実行方法は専門のソルバーに委ねるという設計思想です。この記事では、インテントベースのアーキテクチャの仕組みから具体的なプロジェクト、そして将来の可能性まで解説します。
従来のトランザクションモデルの限界
インテントベースのアプローチを理解するために、まず従来のトランザクションモデルの課題を整理しましょう。
現在のブロックチェーンでは、ユーザーは「命令的(Imperative)」にトランザクションを構築します。つまり、「コントラクトAのapprove関数を呼び出し、次にコントラクトBのswap関数を呼び出す」といった具体的な手順を一つひとつ指定する必要があるのです。
この命令的なモデルには以下の問題があります。
MEV(Maximal Extractable Value)の被害:ユーザーがトランザクションをメンプール(待機領域)に送信すると、その内容は公開されます。MEVボットはこの情報を悪用し、ユーザーのトランザクションの前後に自分のトランザクションを挿入する「サンドイッチ攻撃」などを行い、ユーザーの利益を搾取します。
最適な実行経路の選択が困難:DEX(分散型取引所)は多数存在し、流動性は分散しています。ユーザーが自分で最適な取引経路を見つけるのは非常に困難です。Uniswap、SushiSwap、Curve、1inchなど複数のDEXを比較し、スリッページやガス代を含めた最適な選択をすることは、一般ユーザーには事実上不可能です。
クロスチェーン操作の複雑さ:複数のチェーンにまたがる操作(例:Arbitrum上のETHをOptimism上のUSDCに交換)は、ブリッジの利用、各チェーンでのガス代の準備など、非常に複雑な手順が必要です。
タイミングの問題:トランザクションが実行されるまでの間に市場価格が変動し、想定していた条件と異なる結果になることがあります。特にブロックチェーンの混雑時には、この問題が顕著になります。
インテントベースのアーキテクチャの仕組み
インテントベースのアーキテクチャでは、トランザクションの設計思想が根本的に変わります。「命令的」から「宣言的(Declarative)」へのパラダイムシフトです。
従来のモデルでは「Uniswap V3のETH/USDCプールでswap関数を実行し、1ETHを最低1,800USDCと交換する」と指定していました。インテントベースのモデルでは「1ETHを最低1,800USDCに交換したい」と宣言するだけです。
この仕組みは主に以下の要素で構成されています。
インテント(Intent):ユーザーが達成したい結果を定義したものです。「入力資産、出力資産、最低受取量、有効期限」などの条件が含まれますが、実行の具体的な手順は含まれません。
ソルバー(Solver):ユーザーのインテントを受け取り、最適な実行方法を見つけて実行する専門家です。ソルバーは複数のDEX、流動性ソース、チェーンを横断して最も有利な条件を探し出します。ソルバー同士が競争することで、ユーザーにとって最も良い条件が提供されます。
オークションメカニズム:複数のソルバーがユーザーのインテントに対して競争入札を行います。最も良い条件(最も多くのトークンを提供する、最も低い手数料で実行するなど)を提示したソルバーが、そのインテントの実行権を獲得します。
この設計により、MEVからの保護が実現します。ユーザーのインテントは具体的な実行手順を含まないため、MEVボットが悪用する情報が大幅に減少します。さらに、ソルバー間の競争により、MEVの一部がユーザーに還元される効果もあります。
インテントベースの主要プロジェクト
インテントベースのアーキテクチャを採用するプロジェクトは急速に増えています。代表的なものを紹介しましょう。
CoW Protocol(CoW Swap)は、インテントベースの取引で先駆的な存在です。ユーザーは注文(インテント)を送信し、ソルバーがバッチオークション方式で最適な実行を行います。特徴的なのはCoW(Coincidence of Wants)という仕組みで、反対方向の注文同士を直接マッチングすることで、DEXの流動性を使わずに取引を成立させることができます。これにより手数料が削減され、MEVからの保護も強化されます。
UniswapXは、世界最大のDEXであるUniswapが2023年に発表したインテントベースのプロトコルです。ユーザーが署名したオーダーに対して、フィラー(ソルバーに相当)が競争して最良の価格を提示します。ダッチオークション方式を採用しており、時間とともに価格が変動するオーダーにより、フィラーが最適なタイミングで実行を行います。クロスチェーンスワップにも対応しており、複数のチェーンにまたがる取引もシームレスに実行できます。
Across Protocolは、インテントベースのクロスチェーンブリッジです。ユーザーが「チェーンAのトークンXをチェーンBのトークンYに変換したい」というインテントを表明すると、リレイヤーが自己資金で先に目的チェーンでトークンを提供し、後からプロトコルを通じて清算される仕組みです。これにより、従来のブリッジよりも高速かつ低コストなクロスチェーン送金が実現します。
EssentialやAnomaは、より汎用的なインテントベースのインフラを構築しているプロジェクトです。トークンスワップだけでなく、あらゆる種類のオンチェーン操作をインテントとして表現し、実行できるプラットフォームを目指しています。
インテントベースの課題と将来展望
インテントベースのアーキテクチャは大きな可能性を持っていますが、いくつかの課題も抱えています。
ソルバーの中央集権化:効率的な実行には高度な技術力と豊富な流動性が必要なため、少数の大手ソルバーに市場が集中するリスクがあります。ソルバー間の競争が健全に維持されなければ、ユーザーへのメリットが損なわれます。
信頼性の問題:ソルバーがインテントを正確に実行するかどうか、検証する仕組みが重要です。悪意のあるソルバーがユーザーに不利な条件で実行するリスクに対して、暗号学的な保証やステーキングベースの担保メカニズムが検討されています。
インテントの表現力:現在のインテントは主にトークンスワップに限定されていますが、より複雑な操作(例:「ETH価格が2,000ドルを超えたら自動的にUSDCに変換し、その50%をステーキングする」)を表現・実行できるようにするための研究が進んでいます。
プライバシーの確保:ユーザーのインテントが公開されると、それ自体が情報漏洩になりかねません。暗号化されたインテントの処理や、プライバシー保護型のソルバーネットワークの開発が今後の重要なテーマです。
将来的には、インテントベースのアーキテクチャはチェーン抽象化(Chain Abstraction)と融合していくと予想されています。ユーザーは「どのチェーンで」「どのプロトコルを使って」といった技術的な詳細を一切意識せず、「達成したいこと」だけを表明すれば、最適なチェーンとプロトコルが自動的に選択される世界です。
インテントベースのトランザクションは、ブロックチェーンの操作性を根本的に改善する可能性を持つ技術です。「何をしたいか」だけを伝えれば、最適な方法で実行される——この直感的なアプローチは、Web3を一般ユーザーにとって使いやすいものにする上で重要な役割を果たすでしょう。CoW ProtocolやUniswapXなどのプロジェクトがすでに実用段階に入っており、今後さらにエコシステムが拡大していくことが期待されます。ブロックチェーンの「次の進化」として、インテントベースのアーキテクチャの動向にぜひ注目してみてください。